輝ける七つの県

僕の中にある密かな野望の一つに、47都道府県すべてに行ってみたいというものがある。

僕も完全に忘れていたんだけど、数年前にも似たようなことをこの日記に書いていて、その時の制覇状況はこんな感じだった。

https://uub.jp/j.cgi/jqcjuTaEdqIfzhgFjqfIEIeIIehftIew/

 

そこから数年が経ち、何回か旅行を重ねることでマップもそこそこ埋まってきた。まず三重愛知岐阜に行き、鹿児島にも行った。佐賀と長崎も行ったし、青森秋田岩手も回った。なんだなんだ40都道府県に行ったことになる。

残されたのが、茨城・福井・山梨・静岡・愛媛・高知・宮崎。僕は美味しいものは最後に食べるタイプなので、そういう意味では選ばれし七つの県ということになる。

 

先日、会社の有給奨励日があり、何もない平日に突如休みが発生した。せっかくだし旅行に行こうと思って、何がしたいかを考えた。考えるうちにふと、ハンバーグが食いたくなった。餃子も食いたくなった。

そうなると行き先は一つしかないですよね。

 

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静岡に行きました。

僕は旅行に行くとき、食べたいものだけを決めて後はノープランということが多い。今回はとりあえずハンバーグと餃子を食うということだけを決めて、あとはまあなんとかなるだろうくらいの感じで突撃した。

 

最初の目的地はさわやかである。というかさわやかに行きたいがために静岡に向かったと言っても過言ではない。それはそれは混むという噂だけは聞いていたので、朝早く家を出た。前回の日記で、首を痛めながらも家を出たのはこのためである。

10時前に浜松に着いて、とりあえず番号札を発券した。数時間くらいなら待つ覚悟をしていたのだが、平日だったこともあり開店とほぼ同時に入店できた。

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とても美味しかった。なんというか、肉!って感じ。肉の旨味で直に殴ってくる感覚がとても良かったです。

 

食べ終わって店を出たのが11時15分くらい。ここから先はほとんど何も決まってない。餃子を食べることだけは決まっているけど、ハンバーグを食べたばっかで腹が空いているわけもないし、早速途方に暮れることになった。

どうしようかと思いながら駅前の看板を眺め、浜名湖でも見に行くかとなった。1時間弱バスに揺られ、浜名湖に行った。

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ロープウェイに乗り、浜名湖を眺め、綺麗だなあと思うなどした。その後、オルゴールミュージアムに行って色々なオルゴールを眺め、すごいなあと思うなどした。

 

帰り道、浜松城があるとのことなので寄った。

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城の周りの公園を歩き、城の中にも入り、立派だなあと思うなどした。さっきから感想が薄すぎるという声が聞こえてきそうな気もするけど、僕もそう思う。楽しかったんだけどね。感想を言うのが苦手なんだ。

あと、城の階段を登っている最中に膝を壊しかけて大変だったというのもある。痛いというわけじゃなくて、とんでもない違和感が襲ってくるような感じ。あともう少し負荷がかかったら完全に壊れますよというアラートが鳴り響いているような感じだった。

 

そんな膝をかばいながらなんとか駅まで辿り着き、浜松餃子を食べた。

ご飯も飲み物もなく、ただただ餃子だけをたくさん食べた。キャベツの甘みが鮮烈で、これも美味しかった。あと、円形に並んでいる姿は圧巻。

 

こんな感じで日帰り旅行を終え、帰宅した。現時点での経県値はこんな感じ。数年以内には埋めたいな。

https://uub.jp/j.cgi/qTejqcjqaITasFhfthgjufIsjrhfjq/

 

 

どうでもいいけど、今回はタイトルを最初に思いついたので、内容とほとんど関係ないものになってしまった。まあいいや。

起きながらにして寝る

この間、とても質の悪い睡眠をした日があった。

いつもは100点満点で45点くらいの睡眠なのだが、その日は20点くらいだった。いつもより朝起きる時間が早いにも関わらず、寝た時間が遅かったうえに、何度か目が覚めるというとても良くない睡眠。

それはそれは不快な気分で朝の身支度をこなし、そろそろ出かけるかというところであくびが出た。その瞬間、首の左後ろに刺激が走った。

もう最悪だよと思いながら恐る恐る首を回してみたところ、文字通り首が回らない。回そうと思えば回せるけど、鋭い痛みが走る。

 

なんでこうなったのか、原因は分からない。ただ、この痛みだけはしっかり覚えている。そう、寝違えたときと全く同じだ。首の片側が痛くてそちらの方を向けない感覚は、寝違えたときと一緒なのだ。

起きながらにして寝違えるという、何の役にも立たない現象を引き起こしてしまった。あまりにも使えない。

とても不便だ。左を向くのはもちろんのこと、上下に首を動かしても若干痛い。正面を向いているか右を向くことしかできない、あっちむいてほい最弱の存在が誕生してしまった。

それでも、その日は出かけなきゃいけなかったため、頑張って家を出た。何が辛いって、そこまで頑張る必要もないということだ。所詮は寝違えた程度(寝てないけど)の痛みなので、痛いは痛いが動けないというわけではない。何の気なしに左を向いては痛ってえなクソがというのを繰り返してた。

 

そこまでして出かけなきゃいけない場所とはどこだったのか、ということも書こうと思ったけどなんとなく長くなってきたので次回にします。

負けたチームには罰ゲームとしてコーヒーを飲んでもらいます

この日記はルノアールで書いている。目の前にはプリンとウインナーコーヒー、そして白紙のままの下書き画面が広がっている。

僕はこういう文章を書いたり勉強をしたりという行動を、自宅ですることがあまりできない。そういうスペースを用意していないのも大きいが、なんかメチャクチャサボる。

なのでそういう時は喫茶店に行くんだけど、喫茶店に来たからといってバリバリ行動するわけでもない。メチャクチャサボっている。

家だと活動時間の100%をサボるのに対し、喫茶店に来たらそれを85%くらいに抑えることができる。なので、ウインナーコーヒーの由来は「ウィーン風」を意味するドイツ語から来ているものであり、決してソーセージを浮かべたものではないというどうでもいい話を調べる時間の合間に、作業を進めることができる。

というかこの話で一番悪いのはどう考えてもウインナーソーセージの通称がウインナーで定着したところだ。そこ取る?って感じ。いやソーセージは広い商品名だから無理だとして、ウインソーにするとかやりようはいくらでもあるじゃん。

東京ディズニーランドの略称を東京にするレベルの暴挙だ。その上で、「ほな東京チカラめしではミッキーが接客してくれるんか?」って言ってるみたいな感じ。いかにハチャメチャなことがまかり通っているのかということを理解していただけたかと思う。

 

そんなことを書いているうちにプリンを食べ終わった。コーヒーはあと半分くらい残っている。喫茶店でコーヒーを嗜んでおきながらアレなんですけど、僕はそこまでコーヒーが好きじゃない。

苦いじゃん。1回よく考えてみてほしい。口の中でコーヒーの味を再現してみてほしい。苦いよね?

苦味を感じる機能というのは元々、ヒトが有害なものを口に含んだときにすぐに反応できるように発達してきたそうだ。

つまり苦いものは人間にとって有害なのだ。そんな苦味を溶かして真っ黒に染め上げたみたいな飲み物が飲料の代表面してるのっておかしいとは思いませんか。パクチーくらいのポジションに本来いるべきやつじゃん。

 

バラエティの罰ゲームで、苦いものを飲まされるとかよくある。苦いってことは、罰として扱うことができるってことだ。世が世なら、コーヒーが罰ゲームとして扱われてた世界もあったかもしれないんだ。

なんなら、罰ゲームでは酸っぱいものを飲まされることもある。苦味と酸味を併せ持つコーヒーなんて、罰界のハイブリッドじゃん。

それが全人類とりあえず飲めますよねみたいな顔をして、当たり前のように来客に振る舞われている。あれくらいの立ち位置を獲得できるほど万人受けする飲み物じゃないだろう。あそこにいるのはもっと無難で誰もが飲めるものがいいと思う。爽健美茶とかいいんじゃないかな。美味しいし。

 

そんなことを書いていたら、店員さんから熱いお茶が提供された。僕は昔京都に住んでいたので分かるんだけど、これは帰れという遠回しなサインだ。ぶぶ漬けの亜種。ちょうど書き終わったので、帰ることにします。

スクランブルメモリー

前の土曜日、ぼんやりと出かける計画を立てていた。気になるラーメン屋があったのでそこに行きつつ、ブラブラと辺りを散策したあとで、シーシャにでも行こうかと思っていた。

迎えた当日、出かけようかと思ったときになんだか眠たくなったので、軽く昼寝をしてからにしようかと横になった。起きたら17時だった。出かけるには遅い時間だし雨も降っているしで、結局出かけなかった。

結構な後悔に襲われた。せっかくの休日で、しかもやりたいこともあったのに、惰眠をむさぼるだけで終わってしまった。これで終わってしまっては立つ瀬がない。この反省を生かし、日曜日こそいい一日を過ごそうと決意した。

 

いい一日を過ごすには何が必要か、そう考えたとき、いい朝食を食べることだと思った。では、いい朝食とは何か。それは、ホテルで出てくるようなやつだ。具体的には、トロトロのスクランブルエッグとウインナーとベーコン。これだ。

そして日曜日の朝、8時過ぎという早い時間(当社比)に起き、せっせと朝食を作った。ちゃんと美味しいものができて、朝からいい日だなあと思って食べていたが、ふと昔の記憶が蘇った。

 

それは遡ること10年以上前の4月3日のことだ。いや、2日だったかもしれない。大学生になり一人暮らしを始め、引っ越しの手伝いに来ていた親が帰った後の初めての朝のこと。

一人暮らしをして初めての朝食なので、ちゃんとしたものを作ろうと思って、スクランブルエッグを作った。横にカットレタスを添え、食パンをトースターで焼き、それらしい朝食を作ったあの日の記憶。それがふと脳裏をよぎった。

なんとも懐かしい昔の話だ。あの期待と不安がごちゃ混ぜになった朝のことを思い出しながら、スクランブルエッグを食べた。

 

その後、思ったより量が多かったので、食べた後眠くなって昼寝した。起きた後、ヤベーと思いながら急いで出かけて、シーシャとラーメンに行った。ギリセーフ。

敗北者に科せられた罰

食材とかを買うときに、よく使う店が4つある。

まず、駅ビルに入っているスーパー。それなりに大きくてかなり安い。一番よく使っている。

次に駅の近くにあるけど、僕の家から駅を挟んで反対側にあるスーパー。品揃えは一番いい気がする。値段は高め。

その次が僕の家から道路を挟んですぐにあるドラッグストア。大きめの店舗ではあるがドラッグストアなので食料品は最低限の品揃えだ。

最後が家から数件離れたところにあるスーパー。小型の店舗だが、一番近くて一番安い。

この4つを、そのときのノリと雰囲気で選んでいる。

 

電車に乗って帰ってくる途中、ふと家で焼肉がしたくなった。僕は焼肉用の肉をフライパンで焼いただけでも焼肉と言い張る人間で、それがしたくなった。

最寄り駅についてまず、駅ビルに入っているスーパーに寄った。焼肉をするのに必要なものは肉とキムチ、そして焼肉のタレだ。肉とキムチは簡単に手に入り、あとは焼肉のタレだけというところで、調味料のコーナーをウロウロしてみたけど、無かった。

いや、正確に言えば焼肉のタレはあった。ただ、僕は「エバラ黄金の味 辛口」が良かったのだ。それがなかった。プライベートブランドの焼肉のタレがたくさん置いてあった。ここのスーパーは安い分、プライベートブランドが幅を利かせているのだ。

とりあえず肉とキムチだけ買って、そのスーパーを後にした。そして、決断を迫られることとなった。

 

僕の肌感覚では、駅近のもう一つのスーパーなら、確実に置いている。ただ、僕の家から見て駅の反対なのだ。家に帰るのに遠回りになる。帰る途中にあるのはドラッグストアと小さいスーパーだが、ここに置いてあるかは割と五分五分だ。

そう、五分五分なのだ。置いてある確率がそれぞれ50%としても、2件ともない確率は僅か25%、つまり75%で勝てるギャンブルだ。

そう考えて、まずドラッグストアに行った。無かった。いや、まだいい。まだ想定の範囲内だ。クジはあと1枚残っている。

そして最寄りのスーパーに行った。「黄金の味 甘口」と「黄金の味 中辛」があった。辛口は無かった。ものの見事に25%を引き当てた。

もう面倒だし中辛を買って帰ろうかなと思ったけど、それは違うんじゃないの?と僕の中で誰かが囁いた。ギャンブルに負けたんだから、負けたなりの罰を受ける必要があるんじゃないの?と。

 

そんなわけで、わざわざ駅近のスーパーまで引き返して買いに行った。これで売ってなかったらオチとして完璧だなとか思ったけど、普通に売っていた。あるんかい。

輪郭のない世界

最近、金曜日の夜にシーシャに行くことが多い。

ゴールデンタイムに一人で席を占領することに若干の引け目を感じながらも、一週間の疲れとかストレスとかを煙と一緒に吐き出すために通っている。

そんなシーシャに行ったある日、いつものようにホワホワと煙を吐き出しているうちに、なんか目に違和感を覚えた。どうやらコンタクトがうまくはまっていないらしかった。

どうもコンタクトの調子が悪い時期で、その前日もやむなくメガネで仕事に行っていた。その日も若干のゴロゴロ感はありつつ会社にいるときは何とかなったけど、夜になってそのゴロゴロ感が強くなった。

 

どうせ仕事も終わって後は帰るだけだしと考え、思い切ってコンタクトを外した。職場にはスペアのメガネを置いてあるけど、持ち歩いてはいないので裸眼になった。

目が一糸まとわぬフルヌードの状態で外に出るのはマジで6年ぶりとかである。そもそも裸眼の状態なんて朝起きたときと風呂に入っているときくらいで、あとはもう寝るまでメガネかコンタクトをつけているのだ。

 

もう何にも見えない。いや、正確に言えば何にも捉えられない。僕はとんでもない乱視なので、すべてがぼやけて見えるのだ。

とりあえず字が読めない。めちゃくちゃ近づけば読めるけど、小さい字とか遠くの字はまず読めない。スマホも顔に近づけないと見えないし、文字を打つときはとてつもない頻度で誤字をする。

あと、物の捉え方がとてつもなくアバウトになる。人とか車とかは認識自体はできるのでぶつかることはないけど、それが精一杯だ。顔も見えなければ詳細な形も分からない。3歳児くらいの物の捉え方になる。

なんというか、世界から輪郭が消え失せた感覚だ。乱視自体は生まれつきなので、20年以上こんな世界で暮らしていたのかと思うとなんかすごいなと思う。

ただ、たまにはこんな感覚も悪くないなと思う。このあまりにも情報が溢れているこの世界、たまには解像度を下げてみるのもいいかもしれない。

 

本当か?そんなことないだろ。少なくともしばらくはしたくない。

Wordという使われる頻度に対して不満点が多すぎるアプリを使っていて、ふと目に入った文字がある。

それが「游」、この日記のタイトルにもなっている漢字だ。

それこそフォントの「游ゴシック体」とか「游明朝体」とかでしか見ない漢字だ。あまり目にすることはない漢字。いや、むしろめちゃくちゃ見ることはある。ExcelやWordは頻繁に使うので、1日に複数回は見る。しかしそれ以外で見ることがマジでない。

なんとも珍しい立ち位置だ。滅多に使われない漢字というのはまあそこそこあるが、特定の用途にだけめちゃくちゃ使われていて、それ以外がほぼ皆無というのはあんまり思いつかない。

 

例えるならば鏡餅のポジションに近い気がする。年末から鏡開きの時期にかけてはとんでもないシェアを誇っているが、それ以外の時期に飾られたり食されたりすることはほとんどないと言ってもいい。

ほんの数週間だけの稼働ではあるが、それでもちゃんとした需要があるし、多分餅メーカーには鏡餅専用の型とかあるんだろう。游という字はそんな立ち位置だ。

 

ちょっと気になったので調べてみたら、「遊」の異字体で水の上を泳いだり浮かんだりするという意味があるらしい。そういえば呪術廻戦の死滅回游でも使われている。意味を知ってもなぜフォントの名前に使われているのかは分からなかったけど、まあそういうことらしい。

というわけで、水の上をあてもなくぷかぷか浮かんでいるかのような、游に関する話でした。おしまい。

 

 

そんな感じで游という字で日記を書いていたんだけど、この漢字、多分トップクラスにゲシュタルト崩壊しやすい気がする。

ゲシュタルト崩壊するのって割と長時間眺めているときが多いと思うんだけど、游は2,3回見るだけで崩壊してくる。すごく不安になる。