敗北者に科せられた罰

食材とかを買うときに、よく使う店が4つある。

まず、駅ビルに入っているスーパー。それなりに大きくてかなり安い。一番よく使っている。

次に駅の近くにあるけど、僕の家から駅を挟んで反対側にあるスーパー。品揃えは一番いい気がする。値段は高め。

その次が僕の家から道路を挟んですぐにあるドラッグストア。大きめの店舗ではあるがドラッグストアなので食料品は最低限の品揃えだ。

最後が家から数件離れたところにあるスーパー。小型の店舗だが、一番近くて一番安い。

この4つを、そのときのノリと雰囲気で選んでいる。

 

電車に乗って帰ってくる途中、ふと家で焼肉がしたくなった。僕は焼肉用の肉をフライパンで焼いただけでも焼肉と言い張る人間で、それがしたくなった。

最寄り駅についてまず、駅ビルに入っているスーパーに寄った。焼肉をするのに必要なものは肉とキムチ、そして焼肉のタレだ。肉とキムチは簡単に手に入り、あとは焼肉のタレだけというところで、調味料のコーナーをウロウロしてみたけど、無かった。

いや、正確に言えば焼肉のタレはあった。ただ、僕は「エバラ黄金の味 辛口」が良かったのだ。それがなかった。プライベートブランドの焼肉のタレがたくさん置いてあった。ここのスーパーは安い分、プライベートブランドが幅を利かせているのだ。

とりあえず肉とキムチだけ買って、そのスーパーを後にした。そして、決断を迫られることとなった。

 

僕の肌感覚では、駅近のもう一つのスーパーなら、確実に置いている。ただ、僕の家から見て駅の反対なのだ。家に帰るのに遠回りになる。帰る途中にあるのはドラッグストアと小さいスーパーだが、ここに置いてあるかは割と五分五分だ。

そう、五分五分なのだ。置いてある確率がそれぞれ50%としても、2件ともない確率は僅か25%、つまり75%で勝てるギャンブルだ。

そう考えて、まずドラッグストアに行った。無かった。いや、まだいい。まだ想定の範囲内だ。クジはあと1枚残っている。

そして最寄りのスーパーに行った。「黄金の味 甘口」と「黄金の味 中辛」があった。辛口は無かった。ものの見事に25%を引き当てた。

もう面倒だし中辛を買って帰ろうかなと思ったけど、それは違うんじゃないの?と僕の中で誰かが囁いた。ギャンブルに負けたんだから、負けたなりの罰を受ける必要があるんじゃないの?と。

 

そんなわけで、わざわざ駅近のスーパーまで引き返して買いに行った。これで売ってなかったらオチとして完璧だなとか思ったけど、普通に売っていた。あるんかい。

輪郭のない世界

最近、金曜日の夜にシーシャに行くことが多い。

ゴールデンタイムに一人で席を占領することに若干の引け目を感じながらも、一週間の疲れとかストレスとかを煙と一緒に吐き出すために通っている。

そんなシーシャに行ったある日、いつものようにホワホワと煙を吐き出しているうちに、なんか目に違和感を覚えた。どうやらコンタクトがうまくはまっていないらしかった。

どうもコンタクトの調子が悪い時期で、その前日もやむなくメガネで仕事に行っていた。その日も若干のゴロゴロ感はありつつ会社にいるときは何とかなったけど、夜になってそのゴロゴロ感が強くなった。

 

どうせ仕事も終わって後は帰るだけだしと考え、思い切ってコンタクトを外した。職場にはスペアのメガネを置いてあるけど、持ち歩いてはいないので裸眼になった。

目が一糸まとわぬフルヌードの状態で外に出るのはマジで6年ぶりとかである。そもそも裸眼の状態なんて朝起きたときと風呂に入っているときくらいで、あとはもう寝るまでメガネかコンタクトをつけているのだ。

 

もう何にも見えない。いや、正確に言えば何にも捉えられない。僕はとんでもない乱視なので、すべてがぼやけて見えるのだ。

とりあえず字が読めない。めちゃくちゃ近づけば読めるけど、小さい字とか遠くの字はまず読めない。スマホも顔に近づけないと見えないし、文字を打つときはとてつもない頻度で誤字をする。

あと、物の捉え方がとてつもなくアバウトになる。人とか車とかは認識自体はできるのでぶつかることはないけど、それが精一杯だ。顔も見えなければ詳細な形も分からない。3歳児くらいの物の捉え方になる。

なんというか、世界から輪郭が消え失せた感覚だ。乱視自体は生まれつきなので、20年以上こんな世界で暮らしていたのかと思うとなんかすごいなと思う。

ただ、たまにはこんな感覚も悪くないなと思う。このあまりにも情報が溢れているこの世界、たまには解像度を下げてみるのもいいかもしれない。

 

本当か?そんなことないだろ。少なくともしばらくはしたくない。

Wordという使われる頻度に対して不満点が多すぎるアプリを使っていて、ふと目に入った文字がある。

それが「游」、この日記のタイトルにもなっている漢字だ。

それこそフォントの「游ゴシック体」とか「游明朝体」とかでしか見ない漢字だ。あまり目にすることはない漢字。いや、むしろめちゃくちゃ見ることはある。ExcelやWordは頻繁に使うので、1日に複数回は見る。しかしそれ以外で見ることがマジでない。

なんとも珍しい立ち位置だ。滅多に使われない漢字というのはまあそこそこあるが、特定の用途にだけめちゃくちゃ使われていて、それ以外がほぼ皆無というのはあんまり思いつかない。

 

例えるならば鏡餅のポジションに近い気がする。年末から鏡開きの時期にかけてはとんでもないシェアを誇っているが、それ以外の時期に飾られたり食されたりすることはほとんどないと言ってもいい。

ほんの数週間だけの稼働ではあるが、それでもちゃんとした需要があるし、多分餅メーカーには鏡餅専用の型とかあるんだろう。游という字はそんな立ち位置だ。

 

ちょっと気になったので調べてみたら、「遊」の異字体で水の上を泳いだり浮かんだりするという意味があるらしい。そういえば呪術廻戦の死滅回游でも使われている。意味を知ってもなぜフォントの名前に使われているのかは分からなかったけど、まあそういうことらしい。

というわけで、水の上をあてもなくぷかぷか浮かんでいるかのような、游に関する話でした。おしまい。

 

 

そんな感じで游という字で日記を書いていたんだけど、この漢字、多分トップクラスにゲシュタルト崩壊しやすい気がする。

ゲシュタルト崩壊するのって割と長時間眺めているときが多いと思うんだけど、游は2,3回見るだけで崩壊してくる。すごく不安になる。

万が一がある限りは諦めない

引っ越してきてから、再び電車通勤になった。

前に電車通勤だった頃はそもそも人が少ない上に、人の波とは反対方向の電車だったので非常に余裕があるものだったが、今はしっかり混んでいる。こっちに来てからのストレス要因としてはトップクラスである。残業との二大巨頭。

 

電車に乗っているときは常にイヤホンをしているので、情報を確認するときはディスプレイを見る。ただ、こうも混んでいるとディスプレイも人の頭に隠れて見えないので、頑張って身をよじってみている。

特に、今どの駅に止まっているかは死活問題だ。まだ慣れきったわけではないので、自分が今どの駅にいるかを把握していないと、最悪の事態が起こりかねない。まさに生命線だ。

 

というのは建前だ。さすがに大体の時間感覚は掴んできている。降りる駅ジャストで気付けるというわけではないけど、あと2,3駅というのはなんとなくの感覚で分かる。

それでも、駅に着くたびにディスプレイを確認してしまう。なんなら、乗った次の駅でも一応確認している。何故なのか。明らかにこの駅ではないと分かっているはずなのに体をくねらせて覗き込むのはなんでなのか。

 

それはきっと、もしかしたらもう既に降りる駅に当直してしまったのではないかという希望を捨てきれないからだ。ふっと意識を失って、乗ったと思った次の瞬間に目的地に到着しているという可能性がないとは言い切れないからだ。

そんなことは起こるなんてまずありえない。ただ、可能性は0ではない。万が一がある限りは諦めきれないのだ。

 

なんて日記を電車に乗りながら書いている。そこそこ時間がかかったしもう流石に着いたかなと思ってディスプレイを見たらあと2駅あった。

でも僕は諦めない。いつか乗った次の瞬間到着しているという奇跡が起きるその日まで。

ゲートウェイ自炊

引っ越してから1ヶ月以上経つが、未だに新居で自炊をしていない。

カップ麺にお湯を注いだり冷凍パスタをチンしたりすることを自炊と言い張ってもいいのならそれくらいはしてたけど、さすがにそれは僕の良心が許さない。自炊は最低限包丁と火を使うべきだ。

最初は忙しかったり新生活に慣れるのにいっぱいで自炊ができていなかったのだが、その期間を過ぎてもなおしてなかった。前の家では結構してたのに。その理由は多分、大きく分けて二つある。

 

まず1つ目、僕にとって自炊は食べたいものをどうにかして食べる苦肉の策の側面があったからだ。

前の家はそれなりの田舎にあったので、飲食店も限られていた。そんな環境でなにか食べたいと思っても、それを食べに行ける場所がなかったのだ。

例えば、すた丼が食べたいな〜と思ったところで隣の県まで行かなければない。そうなったら、見様見真似で作るしかない。自炊は食べたいという欲を満たす代替案だったのだ。

ところが今の環境だと、職場の近くにすた丼屋がある。デリバリーで注文することもできる。そうなると、わざわざ家で紛い物を作らなくても本物にありつけるのだ。これが理由の一つ。

 

もう一つ理由があって、これが多分かなり大きいんだけど初の自炊というハードルを上げすぎた。

自炊をしない期間が長くなるにつれて、僕の中でだんだん最初に作るものがメモリアルなものとなっていった。「初めての自炊」というトロフィーを獲得するにあたり、中途半端なメニューではよろしくないのではという気持ちが日増しに大きくなった。

これは非常によろしくない。そのうち鴨のコンフィとか作らないと満足しなくなる可能性がある。そうなる前に早く手を打たなければいけない。

この状況を打破するには、手軽に作れる料理でさっさと初自炊を済ませないといけない。自炊への依存を高めるための入り口となるような、ゲートウェイ自炊をしないといけない。するすると入ってくるようなそんな自炊…。

 

素麺を茹でました。美味しかったです。

歯磨きにまつわるエトセトラ

毎日繰り返す行動は、そのうち順番が決まってくることが多い。それは大枠の流れの順番にもそれぞれの行動の順番にも言える。

どういうことかというと例えば朝の身支度をするとき、僕の場合は顔を洗う→頭を洗う→ドライヤーをかける→コンタクトをつける→歯を磨く→着替える→頭をセットするという流れが決まっているし、コンタクトをつけるときは右目→左目で着替えるときは靴下→シャツ→スラックスという順番が決まっている。

プログラミングされていると言うほどではないが、決まった順序でこなしているのだ。誰しも無意識のうちにそんなルーティーンを持っているものだろう。

 

歯磨きをするときにも、そんな決まった順番がある。僕は電動歯ブラシを使っていて、30秒ごとに知らせてくれる仕組みがある。それが4回繰り返されるので、左下→右下→右上→左上の順番で磨いている。こだわりがあるわけじゃないんだけど、いつの間にかこの順番で決まっていた。

加えてデンタルフロスも使っている。するのは夜に歯磨きをした後で、本当は毎日した方がいいらしいんだけど、気が向いたときにだけしている。そんな頻度で効果はあるのかは疑問だけど、しないよりはマシだと思っている。

そんなデンタルフロスだけど、順番が左下→右下→左上→右上で使っている。同じ口内ケアなのに、なぜか歯磨きと順番が違う。何故かこうなっていた。

気付いたときには愕然とした。嘘。こんなことで愕然とするほど感受性が豊かではない。「え、待って順番違うじゃんヤバい」と心の中のギャルがひとしきり騒いでいた。

 

という日記にするにはちょっと弱いな〜という出来事があり、どうしよっかなと思っていたところに歯磨きに関する話がもう一個できた。

 

歯ブラシの交換時期がやってきたので、替えブラシを買おうとAmazonを物色していた。目当ての替えブラシがあり、何本セットで買おうかと見ていたんだけど、その時の値段がこれ。

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おかしくない?

まとめて買う方が1本あたりの値段が安くなるのはわかる。だとしても、合計の値段は本数が少ない方が安くなるのが普通だ。

それがこの世界の常識であるのに関わらず、この替えブラシは4本買うより8本買うほうが安くなっている。どういう仕組みでこうなってるの?

仮にこの8本セットを買って、4本ずつで売れば9,180円の儲けが出る。買えば買うだけ利益が出る、現代の錬金術だ。あまりにも計算が合わなすぎて怖い。この値段を見て8本セット以外買うわけなくない?と思って買ったけど、怪しすぎてなんか騙されてるんじゃないかと怖くなっている。

 

ただ、本当におかしいのはそれだけではない。7本セットの方もおかしい。替えブラシを中古で売りに出すなんてことある??

何をやってもちょっとだけ上手くいかない日

そんな日もある。

平日に休みを取ったのに、昼過ぎまで二度寝してしまった日。そんな日のことだ。

せっかく平日に動けるんだからと思って、前々から行きたかった店に行ってみたらラストオーダーが終わっていた。たまたま近くにあった2号店はギリギリ開いていたので、そっちに行った。

そこから色々遊んだりしてたら帰る時間と帰宅ラッシュが重なって満員電車に乗ることになった。乗った駅の次の次くらいで運よく席が空いたので座れた。

家に帰ったら注文していた手帳型のスマホケースが届いていた。ゴミ捨ての帰りに家のルームキーがちゃんと反応するか試してみようとしたところ、開かなかった。説明をよく見ないで買ったので、どうやらケースにスキミング防止の機能が付いていて電波を遮断しているらしい。

返品しようと思ったけど、箱はもうゴミとして出してしまった。返品手続きはコンビニでできるのでついでに箱を買おうと行ったら、手頃な箱がなかった。

仕方がないので近所のドラッグストアに行った。簡単に組み立てられそうと思って買った箱は、テープとか付いてなかったので1回家に帰ってガムテープで梱包する必要があった。

再度コンビニに行って手続きしようとしたら、ドラッグストアで買ったやつと同じ箱が棚の下の方に置いてあった。

家に帰ったら鍵を忘れたことに気づいた。自分の部屋は鍵を開けたままにしていたけど、共用玄関が開けられない。片っ端からインターホンを鳴らして、開けてもらった。

疲れ果ててもう寝ようかと思って歯を磨いたら、なんか血が出た。

 

そんな日もある。そんな日に書く日記は、ただ事実を列挙しただけになることもある。